昭和二十年五月十三日
沖縄本島西海岸沖にて特攻戦死
陸運少年飛行兵第十三期生
福光町才川七出身
数へ二十一歳
写真右)父・豊次郎さんが、八十歳を超えられ「白木の箱」を開ける決心をされる。仏壇に永くをさめられた白木の箱から発見されたのがこの大学ノートに書きとどめられた「うたにつき」であった。
昭和十八年度三月
身はたとひ大空高く消えゆくも留めおかまし大和魂
大丈夫(ますらを)と生きし此の身のうれしさよかねて帰らぬ命なりせば
あか〱とくれゆく今日の日の光翼に映ゆるや月高し
益荒夫(ますらを)や岩をも通す大和心も恋とふ事はもてあますなり
大空へ〱と燃ゆる心の高し美し大和健児よ
父母の無事にお暮しなさると云ふ再び孝する時ぞなけれど
我が妹よ勤めに励め益荒夫の此の兄なれば靖国の庭で
東風(こち)ふかばにほひ起せよ桜花大丈夫なりとて春な忘れそ
あすの日にも消ゆる我身と思ふなら何の苦しさあるものぞ
誠心と力の限りに戦ひに無念の涙流さんとは
大丈夫と出で行く我が身に思ふ事只靖国神社あるのみなり
誠心の戦ひ今日も終りけり心静かに月を見る哉
群すゞめ何を話すか尾ふり首ふり
大丈夫の猛き育み身にうけて伸び行く我ぞ楽しけれ
をち方に離(さか)りゐる友思ふとき輝く道の開くなりけり
清らかな道路歩まむ死に行く者の鮮けく跡のつくあらば
又会はむ新聞見る毎思ふ哉我散所何処ならんやと
おたよりと胸ときめかせ行けれども思ふ方より風は吹かじ
ひろ〲と青き朝空いさぎよし鳥なきたける声のするどし
楽しても不動の姿勢となりたれば身震やみて手は伸びまじ
ともすれば溢るる涙圧へつゝくむや正座の辛さかな
清らかに進み行かん我心はるけき君といつ迄も
真心をつめたる便り見る毎に燃ゆる大和心かな
朝霧を貫き通す鶏の影見えそめて明にけり
水の都と歌はれしパレンパン大和心の花や咲くらむ
小矢部川恋しと思ふ我心どこのいづこぞ交るやら
つれ〲に思ふことはもあるれども益荒男なればこそ
男なら燃ゆる心もあるれども空の御楯と出で立つなれば
淡白と心に誓ふその心一壁九年万劫で破るまじ
すぎて行く今日今の日が果してぞ誠心づくめであるかしら
春霞溶けゆく後に桜かな
たらちねの御親の教かしこみて空の御楯と技ぞ励まむ
空
空を見よ。果なき空を! 静けき時、只一人心ゆく迄空を見よ。暗雲も嵐もまた清月も無数の星も、慈の太陽も、何一つ云々するなく、抱括する大空。悠久より悠久に果てなき宇宙の流れを只、無情の眼も、慈愛の眼もなく、澄みたる鏡の如く、正も邪もそのまま写す。然り正なりとて之に加し、邪なりとて之反すが如きことなし。大海の如く、清流なりとて之を擁し、泥水なりとて之の流れを防ぐことなし。移りゆく世も、盛りゆく世も、ただ大眼を以て眺む。正は正、邪は邪なりと。
宇宙に於ける地球は一微小物に過ぎず。地球に於ける人類また同じ。其の人類の生涯、悠久の宇宙に比すれば、正に一瞬と云ふも過大なり。其の人間、僅か其の一瞬にも価せざりし生の間をすら、満足に暮す能はざる、正道を踏み、正道に生く。心に迷を生じ、心に憂を生ぜば、大空を眺むる事なり。然らば己の道翻然として悟ることと余は思ふ。
空を友として行くべし。空は別れず。地球の果の果まで行くも、必ず良き友として、己の行くべき道を教ふるなり。悠久の宇宙の流れを眺めし心を以て日常を致さば、決して誤りはなかるべし。己の存在、今正悪何れの中にあるか迷ふ時、静かに大空を眺めよ。大空は之に判定を下し給へるであらう。嬉しき時、淋しき時、悲しき時、泣きたき時、死にたき時、大空を眺めよ。大空はその心に対し、必ず克(よ)き教訓を、慈みを垂れたまへるならむ。
四月
すめらぎの御為に死ねとある手紙大和心の花ぞ咲くらむ
行く彼等日本空軍背負ふべく米英空軍何ときくらむ
新聞見話しきゝつゝ思ふ哉我身の務めかるからじ
死ね〱とつねに心に誓ひつゝ日々の務めを果しゆかむかな
国の為花と散る身の惜しからむ咲きてかひある命なりせば
咲き誇る桜の花も散るありて大和心と讃へられしぞ
蔭御膳ねた間も忘れぬ親心日々の務めに励むが孝なれ
大空に命捧ぐる此の身の心に誓ふは只七生報国
大和心桜と咲かむ我心散りて生ある命なりせば
大空の御子と祈りし誠心を日々に新に務め行かむ
しきしまの大和心を一ひらにこめて散りゆく若桜花
散りゆくや大和心と讃られし桜となりて我又行かむ
聖戦を完遂せずか桜花
大和心散りて惜まず若桜
春霞桜包みて日本晴れ
散りかゝる誠心一杯うかべて桜花にぞ思ふなれ
大丈夫と生きし我が身の哀れさは恋とふ事を捨つるなり
いざ強く雄々しく行かむと逸(はやる)なる君に誓ひて我は行くなり
若鷲の雄叫び歌ふ声高く西方高く星閃めけり
散るありて惜しまるゝなり若桜葉桜なりとて人ぞ仰ぐる
星もなく遠く吠ゆるや犬の声淋しく来る春雨かな
恋心哀れ誘ふや春霞
親心文見る毎に思ふかな金釘流の文字なれど
百式や九七重と面並べ浅間通して睨むウラジオ
秩父山霧の方に包まれり春来れるや蟻の影なり
日々につらきうき事ある毎に空をながめて一人慰さむ
大丈夫と出でし我が身が女女しきと我を叱りて星をながむる
空よ空青空高く消えゆくや月星共に微笑ゑまむ
遠久(とことは)に国安かれと祈る哉月に星に共に祈らむ
皇国のしこの御楯といで立に桜花かよ日本心よ
忠孝の香り残らむ若桜繙(ひもと)く人も語りつぐがね
子を思ひ兄をしのぶる我家の祈をあだに務めざらめや
自然
雨降り、風吹き、雲走る。之のみ自然にあらず。木繁り、枯木となり、一塊の土となる。之また自然にして、一動物に過なき人間の生死、之も亦自然の中に含有さるゝならん。克く自然を克服すと云ふ。「ヒマラヤ」に上り、大自然を克服せりと祝ぶ、正に自然到底人類の前に抗すべくもなしと叫びし事あながちなしとせず、大自然の一自然たる人間、果して大自然を克服出来るや否や。
太陽東より出で、西の方に美しき夕日を名残に沈みゆく、之を一日と云ふ。宇宙の生じて以来、一日として、否一回として之の例に洩れたる事ありや。自然は変らず。人類生れなば必ず一塊の土となる。之亦太陽の一日にも似たり。人間の生涯には必ず限度あり。之を徒に逃れむと如何なる策を講ずる、及ばざる事、亦火を見るよりも明らかなり。太陽の進行を竹棒にて支へんとするにも似たり。
自然!自然は偉大なり。人類の如何に洗練され、科学の発達するも、地球の回転を止むる能はず。太陽を覆ふ能はず。自然!自然を解するは無理なり。自然は自然として楽しむが自然の価値あるなり。
五月
あか〱と大空染めてくれにけり心静に月に祈らむ
衛兵の交替ラッパ鳴り響き今日も暮れけり月高きに
東風と見る間に散りし桜花大和心と讃へられしも
荒川へ水泳する間に思ふこと□の香りに小矢部の鮎を
今宵亦星なき空に点滅しつゝ飛び行く練習機かな
青空に雲雀の声のいと高く飛び交ふつばめいと早し
三ヶ月の雲かゝりて青白くおぼろに立つやいと春深し
浅間山かゝると見る間に三ヶ月の越路に越せり松影深し
ひばり声高く霞むと仰ぐ畑に五月なりけり鯉幟かな
日々に恐るべきこそなけれ共心の敵ぞ恐るべきなる
日暮れかすかに聞ゆる入相の鐘は遥かの観音山
大丈夫の歌ふ軍歌のいや高し月影もなく武蔵野原に
ひばり声遠く霞に包まれて若葉に映ゆる秩父の峯に
浅間山遠く霞に包まれて糸引く煙淡く美し夢の如くに
五月雨に郷里を思ふや苗代に父母共に早苗とるらむ
秩父山霖雨の彼方に見えざれど雲の如くに峯々見ゆ
白糸の如くに来る春雨に思ふともなく浮ぶ面影
曠茫(くわうばう)と大海原の如くなる翼にゆだねし我が身の聖地
つれ〲に便り見る毎思ふ哉我が妹今や如何にしありや
しと〱と夢の如なる春雨に名残り惜しむや蛙の声
大空の御楯と励む大丈夫の尊き学びの儀□なる哉
春霞包むともなく浅間山我才あらば画きたくも
静けさや星のまたゝき明らけく忍び来るなり淋し春雨
巣立つ日も近づき来れり若人の夢に画きし操縦桿
青空に萌ゆる青麦薄らぎて五月雨来るや秩父山より
大空の果なく広き心をば空飛ぶ我の心ともがな
大空へ〱と日々に励む若人の夢に制覇の制空権
校庭に漸く松の伸び来り別れ惜しむや夢の春雨
星無と別るゝ時のいざ来る嬉しくもあり淋しくもあり
別るゝは今も昔も変りなし名残り惜しみて涙のむなり
学なき子供心の言の葉ぞ年を経つれば歌となるなれ
父となり母と代りのみをしへを心に念じ我は励まむ
野辺を歩きて
大陸の赤き夕陽めざして、雁の一群飛び行く彼方。郷里なりせば入相の鐘もならんとするに、異国なれば其の響きもきこえず。何時の世にも御国に捧げし屍の上に淋しく渡る雁の群、月の光に巣に急ぐならむ。
思ひを日露の戦役にいたし、旅順の苦戦に将軍の辛苦を察す。此の大陸に此の夕陽を浴びて、悪戦に苦戦を重ねつゝ、屍を屍にて埋め、日本男子の血潮で草木すべてを染め、大君のため散りにけむますらをの心境に、そぞろ思ひ致せば、此の夕陽、此の土にも、涙なくばながめざらめや。死に行く者は幸福なり。屍を戦野に曝すは武人の本懐なり。七生報国、大君の威光の遮らむとするもの、大陸に、一孤島に、尽忠報国の誠を致し、御楯の本分を尽しまつらむ。
六月
大空へ飛び立つ日の近づけり教守りて我頑張らむ
荒海に一人漂ふ浮橋の上を渡りていざ我行かむ
心をば誠のみにて励みなば今日の失敗又とはなきぞ
日々を心おきなく朗かに務めに励むが我等が忠なり
あか〱と暮れ行く今日の日の光我を忘れて掌を合すかな
日々を振り返りつゝ嘆くかな今日も誠ぞ貫ざるを
雄々しくと固く心に秘めたるを今日も返り見一人微笑む
建国の八紘(はつくわう)一宇(いちう)完遂の火ぶたを切りし今日の日かな
身はたとひ大空高く消えゆくもあだにはすまじ大和魂
五月雨に心ものうく外見れば糸の如くに霞の立つを
日暮れ黄金色なる夕雲に浅間は沈みて星輝けり
便り出す時しか偲べぬ郷里の母たそがれ深く仕事終らむ
久方に独り天地にさまよへば何時しか春は哀れ去れり
大丈夫の道に背くと鍛へらる戦友の道には我は行くまじ
梅雨来る心も晴れず外見れば降るともなくに霧の如くに
大丈夫と心大きくうき事を心を留めむ励まむ道に
夏来る一天俄にかき曇り大粒雨に歎く務人
事あらば火にも水にも入らむと思ふ皇御国の空の御楯ぞ
大空の御楯と励む益荒夫の願は一つ雲染む屍
暮れけりと床に入りて思ふ哉母上今日も元気一杯
千万のいくさなりとも言挙げず進み行くのが益荒夫の道
大空の果なく広き心をば天征く我の心ともがな
忠孝の香り残さむ若桜かねて雲染む我身なりせば
何時の間に忍び来るや夏の風草木すべてあへぎ苦しむ
今日も亦誠心なしと責めらるゝ情なさには涙も出でず
大空を心と慾す健児の胸に燃え立つ日本心よ
大丈夫と出で行く我の姿をば心に祈る人もありけり
久方に秩父の峯の見えそめてひばりなくなり稜威原に
田植歌瑞穂の国の乙女等の歌ふ声にも豊年万作
雄々しくも日々に新たに誠心を磨きゆかなむ鏡の如く
しきしまの悠久に栄えむ大八洲(おほやしま )慶び祝ふふじの白雪
しぐれどもいづこよりかの初秋の匂ひ香らず庭のしらはぎ
日の本の大空守る大君の御剣あやめし罪ぞ深けれ
御剣をあやめし罪ぞ今に見よ敵機墜してお詫び申さむ
修養
修養トハ、只無心ニテ大君ノ御為ニ尽ス事ノ出来得ル人間トナルベク、心ヲ正シ、身ヲ修ムルニアリ。
七月
うき事を心に留めず気に掛けず正しき信念に我ら征くなり
久方に我身忘れてフィルムに心移せば平和の鐘の音
晴れなんと見る間に又来る秩父の山より哀れなる梅雨
梅雨なるも斯く迄降らずも良きものを雨止め給へ八大龍王
漸くに梅雨晴れ上ると見る間に雲のかゝれり秩父の山に
郷里思ふ心ぞやがて国思ふ心となるぞ若き益荒夫
武士の心に曇りかゝりたる今日の刀の錆を見るれば
三ヶ月の西にかゝりて浅間山心静かに郷里しのぶかな
夜のみに郷里をしのびてねつかれず*枕交せば月は浅間に
梅雨上る久方ぶりに秩父の山に夏の来るを喜ぶなり
うきひまに窓辺に寄りて郷里思へば夕焼空に巣に帰る鳥
うき世には死ぬるばかりが誠なり死にも勝る忠持て行かむ
中天にかゝれる月を見るにつけ忘れ難きは故郷なりけり
観音山一鐘毎におぼろなるふりさけ見れば蛙なくなり
あの月も父母をはす故郷の山にかゝれば懐しくあり
我が聖地飛交ふ機の影いづこ草に臥すれば十五夜の出づ
地平線彼方遠くの月を見るさもあらばあれ郷里の母如何
来る日も過ぎて行く日も心にぞうるほひなきぞ哀れなりにき
花と咲く此の身うれしきすめらぎの御楯と生れし大空高ゆく
暮れにけりうき世のもだえ去りたりし鐘の音淋しく我誘ふなり
すめらぎの空の御楯と十八を一期に散りし尊き彼哉
うき事の習とは云へ果なきぞ朝の紅顔夕に屍なり
身はたとへ大空高く消えゆくも御かどが為ぞ我は幸なり
いざ空へいで行く日の来るなり教守りて道に励まむ
夏したふ蝉の声にも目を開けば夏なりけり入道雲
大丈夫はうき風何か耳にせん忠孝の二字のみ耳にするなり
宵ふけて一人窓辺にたゝずめば流れ星にも郷里しのぶなり
来る日も過ぎて行く日も滑空なり日々大空に近づかむ
さよふけて一人星空眺むれば南に北に輝く星あり
うれひあり喜びありて一回毎定まらざるは滑空なり
朝霧のすみ渡りたる大海原の清きを己が心ともがな
思をばくまなく表す五七五
神の住む大和しまねの国こそは世界の国の美の地
立野原思ひ野霧と消えさりぬ世のつれなさぞ哀れなりけり
雄々しくも大空高く羽搏くと意気に燃えある彼ぞ幸あれ
八月
入日さす浜辺に立ちて富士見れば何時しか波はひざを洗ひき
さゞ波に心移せば南の国に戦ふ戦友の姿浮ぶなり
夕焼の浜辺に遠く小島に立てば霧とまがふ三浦半島
入日さす海のあなたに富士の峯松原過て渚に立てば
潮の香に心あらはれ波とたはむる
島越に浜辺に立ちて富士見れば昔乍らの姿美し
なれ波よ君に心のあるなれば南の北の便り知らせよ
潮の香をしたひ好むも今宵のみ心のまゝに浜辺に立たむ
懐しき波と別るなり又会ふ時遠く南か北の海
波去りて富士を振り見き来るれば待ちて居るなりグライダー哉
炎熱の滑空場に若人の磨き鍛ふる技やたくまし
夕立にほつと□つて天幕や暗幕の如秩父に来る
大空を高征く我に小胆と受くる注意の淋し恥づかし
大君のみたてに死ぬる信念を日々に新に我し行くなり
心より草葉の影に誓ふ哉只大君に殉ぜむ事を
大君のへにこそ死なめますらをの紅き血潮ぞ八洲の流れ
技悪く頭も悪き我なれど誠心のみは他人には負けじ
下手なりにもだえくるしみ歎けどもまゝにならざるグライダー哉
日々になす滑空の不味くして心淋しくやるせなきなり
うれしくもよろこばしき今日の日よ心にかなふ滑空でき
星空を心行く迄眺むれば郷里に飛ぶなり我心哉
久方に蛍の光に思をば滑空に結ばれ飛ばすなり
淋しくも北の守りのキスカ島涙を呑んで敵の翼下に
朝空にほと〱感ぜり何時の間に忍び来るや淋し秋風
郷里の最後の父の教にぞ再び会ふと見えざらめと
日々に励む我身の技術こそ皇国を守るものなるべきを
水戸航法浜松航法と出かけ行く兄の身にぞ早くなりたし
さよふけて淋しくなくや虫のねに偲ぶともなく郷里思ふかな
またゝくや流るゝありて星空の如くに思ひ定まらず
すゞ虫に今日の疲れを淋しく撫すなり心よりから
我道に誠心こめて進めども今日の言葉に出づる涙よ
末の世の末の末まで栄えなむ国のしるしのふじの白ゆき
春となり桜ふぶき幸福の四つ葉につきる妹の真心
道
君に忠を尽すは臣の道、親に孝をつくすは子の道なり。万物すべて道あり。之の道を守らざる者を不忠と云ひ、不孝と云ふ。宇宙始まつて以来、人類は勿論、動物に至るまで、常に之の道は守られ来り、猿に見る親子の情と云ひ、百獣の王たる獅子に見るその愛と云
ひ、この道は常に変らざるなり。
而して万物の霊長と誇りし人類に於て、果してこの道を完し得たりや否や。今我国に例をあぐれば、今迄に於て不忠不孝の歴史に残
りしの多き事、実に数ふるに暇なきなり。然らば何故に斯くなる不正事のあるや。この道は他人に教を受け、他に聴くべき事にあらず。只己が本能之を正直に実行せば克きなり。之が実行を出来ざるは本能を外界の□慾たる者が包む時なり。昔よりの不忠不孝の者も之は本心にあらず。
人間、其の本心は必ず正しきなり。故に只本能を正直に実行し得
る者、道を完し得る最大の強者と云ふべきなり。
九月
二百十日も過てゆく無事太平なるは喜びなるべし
警報下雷光ばかりが我もの顔
秋空やつはもの共の訓練に晴れし青空快よくあり
雄心は炎と燃ゆべし一つ敵今に見るべし南の空に
大空のあだは我等の若き手で極光沈む北の空にて
虫のねに心ともはれ遥かなる郷里に思へば至せば懐し
秋のねが静かに窓辺に誘ふかな今日のつかれをなぐさむ如し
そよ風に送られ来る虫のねが秋の香と我がほほをぶす
斯くなれば斯くなる伊国と知りつゝも日本武士の道にかけて
今日こそは祖父の命日なるものを家門にかけて努めざらめや
ぐんぐんと日々に大空近くなり夢にうつゝにエンジンの音
日々を心おきなくすごすこそやがて御国に殉ずるなり
ありあけの雲に映りて武蔵野に照す光の美しきかな
さよふけて何辺にゆくや汽車の音静けさ破りて響き来れり
なが月も余す半となりにけり虫の音にしも聴きしられけり
喜にふるゝほゝべを飛行帽に固めて征けり初飛行かな
大空へ燃ゆる心のいみじくも熾(さかん)となり昨日よりかは
秋時雨昔も今も変らざる窓辺に寄れば淋しきなり
なく虫の一しほ晴れをさそへけり一雨毎に深まりゆく秋
すゞしさも一雨毎に過ぎゆく一葉落ちて天下の秋よ
秋晴や遠く浅間の千切雲
郷里の空をしのびて空眺むれば秋空高し浅間山かな
南に或は北に巣立ちゆく心をしのぶに余る今日かな
草も木も秋の来るを知りたるか木がらしなりて草なびきけり
秋来る秋来るかな空を眺めて風の音聴きつゝ歎ずなり
秋空へ飛び立つ事より考へぬ今日の心を貫き行かむ
若桜散りて惜しまむ此の身かな国に死ぬべく生れ来れば
電線にとまるトンボに秋の風ゆれて飛び立つ哀れさ哉
一雨毎深まり行くや秋の風鳴くすゞ虫に知られけるかな
知らぬ間に長月さりて神な月死んで行くのも斯くの如きか
やがて散る時の名残りに父母に一葉残さむ孝のしるしに
死
余生をうけて二〇年此の間死に直面したること一回あり。後学のためと思ひ之を記す。
死に決したる時の我の頭の中は、実に空虚なるものにして、余りにも感情の起らざるものなりき。愛機の爆音もなく、亦、死にゆく我の存在も亦鮮ならざりき。死に対する感情の余りに空虚なる之のみ感ぜり。然し果して之が真の死に対する時の感情や否や、之は余は決して判定する能はず。現に余が生きてるなるを以て。
「生は易し、死は難し」と云ふ。「生を易からず、死は易し」余は斯く云ふ。正道を取り、正道を走る。己が使命の本、敢然と死地に投ず。死地に投ずるは易し、その正道を少しの誤りもなく、死地に致る迄の生、余は之を易からずと云ふなり。
十月
神無月時雨と共に思ふ哉郷里の野山や鮮やかならむ
鳴く虫の声もとぎれにけり我物顔の筑波山かな
秋風にそゞろ吹かれて野に立てば秩父の峯の泣ける如くに
空眺め雲を眺めて歎けども思ふ如くにならざる演習
生れ来て願かなひし演習は何が何でもやりぬかむ
天かくる我身となりし嬉しさよ父母今ぞ豊志は空に
うき事も一度空に飛立てば忘れて励む飛行演習
飛立てば秩父の峯も荒川も一度に浮きて近づくなり
雨来る涙浮かべて空見れば雲の千片の方もなしとは
聴えくる列車の音に耳寄せば浮ぶなるなり母の面影
大空に咲いた桜花の影何処血にて綴らる陸軍航空
戦友何処探すみ空に落下傘捧げし御霊遠久にかへらず
晴れたるも晴れたるもの哉今日の空空に学びる我身嬉し
別るゝと思へば淋し稜威原幾多試煉の嵐は咲けども
血と涙出で行く我等の淋しさよふり返りつつ涙ぐむなり
之がまあ俺が住家か山ばかり
空眺め富士を眺めて思ふ哉はる〲来た哉山梨の山へ
何回ぞ廻りて山を眺むれど何処の果も山ばかりなり
山梨の名とは異なり山ばかり山の都の甲府なる哉
血で綴る日々の務めの嬉しさよ命をかけし務めなるれど
一日毎喜び歎き悲しみて暮しゆくなり我等なる哉
くらべなき尊き富士の峯ぞかし八洲の国の柱なるかな
一朝と白くなる哉富士の峯空の御楯と学びを見守る
昔の名残留めし古城に立ちて歎けば富士の白雪
すめぐにのしこのみたてと技学ぶ我等ならずやいざ励めかし
一回毎なげき悲しみ喜びて定まらざるは操縦なり
朝毎に化粧するなり富士の峯
しら雪のかゝれる富士を見る毎に偲ぶは郷里の立山なり
来る日も過てゆく日も操縦の出来た出来ぬの話のみなり
秋晴にふらずと思ふに富士の峯真白き様の深くなり
久方に隊を離れて外に出づたなびく黄金に夕焼雲
蓮の葉に光る露こそすべてをば助け救はむ仏心ぞ
秋去りてせめて名残の枯葉にも落葉となりぬ時ぞ来れり
寝てゐても起てゐつれどいかにせば君のお役に技ぞ光らむ
天かくる我身となりし面影を一目なりとも父母に見せたし
十一月
しも月となりて始めの今日の日に早くもなれり庭のしもかな
寒き日に思ふ心の親心偲ぶに勝る郷里の寒風
菊の日に仰ぎまつれる大帝の稜威ぞ今や輝く東亜
大空の守りに尽さむますらをの技を磨かむ富士を仰ぎて
黄ばみ落つ秋の落葉の影何処試煉は続く空のますらを
柿うれて木の葉の黄ばみ落ちて行く村里過ぐれば秋の風かな
日々に空の守りに尽さむと心に念じ励むますらを
すみ渡る秋空高し天かけば身に沁む風に富士の白雪
久方の秋の時雨に思ひはせ父母をしのべばなつかしきなり
秋空を高征く我の姿をば一目見せたし郷里の父母
さよふけて十五夜一人眺むれば胸をつくなり郷里のことゞも
輝かし空の御楯のその影に涙あるなり忘るな今日を
暮れてゆく飛行場に富士眺め淋しく座る練習台
大空に尊き命捧げなむ我等育つる親心持て
乗る毎にもだえ苦しむ今日の我男の誠継ぐ操縦桿
ふと見るに霧は晴れたり富士の山けだかさ増して雪につゝまる
夕焼の富士の高根の白雪に映えてうつれり秋の風かな
ふる里をしのぶる山の白雪に思ひ通せば恋しきなり
涙にて綴られ行くなり此の日誌世には斯くなる教育あるや
大空を高征く我等が翼にも淋しゆ吹くか此の秋の風
ねては夢起きてはうつゝの接地かな与へ給へよその要領を
久方におとづれ来れり戦友の思は常に心の中に
一回毎命懸けたる訓練にやがて散るべき時ぞ来らむ
大空を高行く我ぞ楽しけれ昇仙峡もたゝ一□なり
駄目なりと歎き悲しむ日を重ね今に咲くべき時ぞ来らむ
ふる里を思ひ起す時にこそ生れかひあり大和男子に
霊峰に心行く迄祈る哉大和島根ぞ遠久に幸あれ
男泣き今日も寝につき思ふ哉必ず遂げむ操縦術
しら雪や郷里の野山も如何ならむ富士の高根を見て思ふ
朝毎に白く映ずる庭の霜見につけ偲ぶ郷里の山畑
ちはやぶる神の肇めししきしまの何処を見ても只たへずなり
夕さりて湖水にうつる木の影のいつしか夜に溶けゆくなり
忠孝
忠ならむと慾すれば孝ならず、孝ならむと慾すれば忠ならず。平重盛は斯く云ひしと伝ふ。誠に国体を知らざる大馬鹿者と云ふべきなり。又右の言を「如何にも」と感ぜし当時の者共の心情、之亦測るにも哀れなり。
我国は神の肇めし昔より、国の柱と崇め奉るは只御一方のみ。即ち天照皇(あまてらす)大神(おほみかみ)より其の御子孫を歴代の国の柱とあがめ奉る。異朝には此の類なし。故に神国と云ふ。国民はその大御柱より出でたる小枝にして、君臣一体は斯くしてなれるなり。親に対する孝は、即ち君に対する忠なるは言をまたざるなり。これを克く銘感し、誤らざること肝要なり。
十二月
早や師走過ぎゆく月日の早き哉生れて死ぬも斯くなるを
頭痛やり思ふも□だし苦しきなり
富士の如日本島根の続く限り仰がる人となりたきなり
大空を高行く友を見守るに何時かは涙で迎へるならむ
朝霧を破り飛び行く快よしはだに沁むなり秋の風かな
朝毎に白さ深まる富士の峯けだかさ増して冬はくるなり
久方にふりたる雨の快よさ心の□□□洗ひ流せよ
久方に心うるほふ便り見え泣かんとするなり懐郷心
便り見て歎く心の淋しけれ郷里を忘れた故にはなくも
大空のしこの御楯と出づる身は恋しき事も忘れゆくなり
大空の御子と励ます誠もて日々に励まむ空の御楯と
寒空に淋しかりける十五夜の光青めり鎌無川
正成も今日あるが為なれば受つぐ心無駄にはすまじ
月明にうつす心の正しけれ満天雲なく輝く今宵は
淋しとも捨たる思ひ忍ぶ時月を仰げば涙出るなり
星ながめ月に祈りて誓ふ哉大空の如き益荒夫ならんを
八ッ岳眺めてしのび郷里の裏の山々今如何ならん
紅の夕焼空を眺めても偲ぶは郷里の山川なり
みたみ我空の守りと出づる身は雲染む屍と励まんのみ
富士の峯大和島根の栄ゆる限り国のしづめと仰がるならん
とこしへに南に散りしますらをのみあとしたひて我も行くなり
大空に永久に生きなむ益荒夫のみわざ学ぶる我ぞ嬉しき
大空にみことかしこみ励みゆくますらをなれば何ひるむべき
雲晴れて冬空澄める夕焼の雪に映ゆなり富士の峯哉
淋しさと恋しさのみで暮れにけり今日の哀れさ誰ぞ知るべき
水かれし鎌無川のせゝらぎにスゝキ映れり今宵の月と
大空にいそしむ我の嬉しさよかねて散りゆく身にはあれども
月眺め鎌無川のせゝらぎの青くよどめる岸辺に立ちぬ
恋しさに便りしたゝめ思ふかなますらをなれば総てわすれむ
十九の年今正に過ぎんとす挙げてとるべきなきぞ淋しき
親思ふ心に勝る親心溢るゝ涙如何にとぞ思ふ
志遂げんとすれば幾度ぞ嵐を越えて実は結ばるなり
敵兵の心を討ちてその身をば救ふ心ぞものゝふの道
大君の御召に勇み総てをば忘れて征きし叔父上なるはや
征く身こそ送る身よりも嬉しけれ大和をのこのならひなりせば
野辺の花誰にも知れずそつと咲き匂ふ心ぞ美しけれ
昭和十九年 一月
みいくさの勝どきあげむ新年を迎へて仰ぐ富士の白雪
みたみわれ此のみいくさに空行かば金鵄(きんし)となりて国を守らむ
大空に励む我等の翼にぞ祖国を守る使命ぞありける
いやさかのやしまの国の前途こそ富士の峯にぞしのばるゝなり
義にうたれ大義に生きて赤穂義士涙流すも日本人なら
すめらぎの正しきみほこいたゞきて世界を照らす我使命なり
富士の峯八ツ岳の白雪に映ゆる朝日の日本の朝
しきしまの富士の高根に開くべき花と散る身ぞ嬉しかりける
ものゝふは恋も黄金もなにかせむ花と散るこそ愛すなれ
四年の楽しき夢もいざさらば忘れて励め空のますらを
いざ若き血潮も国の為なれば捧げむ心只一すぢに
七生と誓ひし公の誠心ぞ今や流れむ我等が胸に
十五夜の照す光の和む心を我身の心ともがな
身を捨てゝ国思ふこそ尊けれ神代ながらの武士の道
身を捨てゝ浮かぶ瀬もありものゝふの道にかふへき道しなければ
国の為花散る為に生れなば如何で惜しまむ大和魂
昔のふみ見る毎に思ふ哉散つて生ある命なるを
みたみわれ此の大みいくさにますらをと出で立つほまれあだにはすまじ
宵闇も溶けぬ飛行場のものゝふの心に照るや誠心の月
神代より受けつぎ来る八紘を一宇とせんも我等が胸に
ちはやぶる神の定めし此の国は千代に栄えむ天地と共に
ふるとなくつもるとなくふるしら雪に富士の高根はつゝまれにけり
ふるにつけ照るにつけても郷里を偲ばぬ日とて一日もなき
かくあるに南に北にますらをの散りゆく思へば励まざらめや
日本の国のしづめと仰ぎ見る富士の高根に雪ぞふりける
山はさけ海はあせなむ世たりとも富士の高根は永久にゆるがじ
神代より受継ぎ来るものゝふは花と散るこそならひなりけれ
しきしまの国のしづめとゆるぎなき富士の高根ぞ雄々しけれ
花と咲き玉と散るこそものゝふの昔ながらの道しなるれば
七生と誓ひし心今我の心に宿りてえびす討つらむ
神と生き天に□□ゆく我身かなわざはひあるも一人なぐさむ
かつてこそ神の涙も見せまじを今日の姿に涙あふるゝ
白雪の漸く溶けて咲き匂ふ梅の花こそ春のさきぶれ
二月
いつはりと飾りばかりの世の中に誠ばかりが味方なりけり
しきしまの国のしづめの富士の峯永久に守るが民の道なれ
ふる雪のしらがみまでの誠もて祖先守らむ空のますらを
万代の国のしづめの富士の根を仰ぎまつるもあといくばくぞ
夕暮の曠野に立ちて眺むればなぜか胸つく富士の峯なり
数ならぬ身にはあれども希くは君の御心休めて死なむ
千早振る神の肇めし日の本に生れし幸に報ゆるは今
神風の伊勢の宮居に永久にしづまりまするが世界の御親
悪天もものかはかける荒鷲にいかなる仇かくだかざるべき
富士の峯たける嵐にとつ国に戦ふ如し荒ぶ白けぶり
みたみ我とはに栄えむ日の本に生れ甲斐ある命なる哉
咲く花も実の在る中に磨かずば散りて甲斐なき花となるらむ
一雨に峯のしら雪流れ来てよどみも深し鎌無川
えびすをば永久にくだかむ荒鷲の一人となりし我ぞ嬉しき
ふじの根の光を鎖すむら雲を払ひ除くが我等が務め
八ッの岳越えて高ゆく目の前にそびゆる浅間ぞなつかしけり
ふじありて永久に栄えむ日の本の光輝かす御民我かな
□つの花永久に残りて富士の峯昔ながらの姿美し
かまなしのせゝらぎとだえ冬枯のポプラに淋し甲斐の空風
久方に甲斐の山里離れ来て眺めも広し武蔵野原
よもの海戦ひ狂ふ中にしも昔ながらの富士は変らじ
とこしへに栄ゆる国の日の本に寇なす敵ぞ如何で許さむ
祖国をばうかゞひ来るえびす等の抜くぞ度肝(どぎも)を我等が腕で
みたみわれ此の大御代に生れなば七生変りて国を護らむ
千方に栄ゆる国に生れなば火玉となりて幸に報ぜむ
ふる里を思ふ心ぞやがてには国を思ふ心とぞなる
富士越えて八ッ岳を渡り浅間なる空征く我ぞ楽しかりける
千万の国のしづめの富士の峯かたじけなさに涙流るゝ
ますらをは雲染む屍といで立つに思ふ心や只散るのみ
此の秋を我世とばかりの藤の花去り来るれる冬を迎へつ
もの云はぬけだものすらにあはれなる親の心は変らざりける
思ひ出は野辺の杉にも紅葉にもなつかしさぞ沁み渡るなり
三月
みかづきに心ひそかに祈る哉与へ給へよ七難八苦
煩悩の意識は常におぼろにも生きるばかりは強かりけり
村人の厚き好意を無駄にせず勉むぞ道に敵撃滅に
たそがれのしぐれに思ひを致すにも我を助けし母の愛ぞしる
ふる雪も今が最后(ご)にとて常夏の南の空に出で行く我なり
かまなしのせゝらぎましていつの間に忍び来るや春のおとづれ
いまいづこ偲び幼き我が友に思ひははせる淋し満州
大君の詔(みこと)かしこみ励みゆく空のますらを永久に栄あれ
禍は後で悔むも殊更に甲斐なきものと知りながら
昔の人の固めし陸軍のきざはし守り我友行かむ
梅の花ほのかににほふ東風八洲の国の春のおとづれ
南の守りに出で行く此の我に名残を惜しむ人もありけり
南に北の守りに別れゆく友よ又会ふ靖国の庭
一日と別るゝ日の近づけり富士を仰ぎて技を練るのも
別ると思へば淋し甲斐の国山より他に思ひ出はなくも
ふじさりて遠くふる里離るなり固い決意の空のますらを
久方に門をくゞればなつかしや辛き思ひ出のみなれど
ふたゝびは見ずとは思ひしふる里に行くの知らせやうれしくもある
つばさをば分ち給ひしこの幸に喜びあふるゝこのかど出哉
また見ずと誓ひし父母にはからずもあふよろこびに涙あふるゝ
我あるも父母あるが為なれど父母あるは君が為なり
ふる里を死出に向つて去る我をいかぞ送らむ淋し父母
立山に別れをつげて立野原永久に忘れじその心をば
ふじさりて永久に栄えむ日の本を心に祈り我は行くなり
夕焼に消えゆく富士に別れつげいでゝ征くなり空のますらを
故国をば朝日と共に別れ来て送らる歓呼も海原遠く
しきしまの美しさをば今更に感ぜり知れりえびすに来て
あてどなき異国さまよふ我身かな君の御召のまに〱
南満の境と云ふも北鮮は桜はおろか梅も香らず
いざ征かむ空のみたてと出で立つに教へたくまし我等が親鷲
郷里なれば桜も咲かむとするものを北の守りは白雪の花
死生(一)
万古最大の難問とするは死生なり。昔より幾多の聖人と讃(ママ)はれ、君子と尊ぜられしも、果して其の究極を計り得たるや否や、勿論死を恐れ死を嫌ふ事は克服し得たるやも知れず。然しその死生に対し絶対の道、誤なき判定を下したる者、人類生じ現在に至る迄其の間
生死したる者、夜空の星数にも勝るなれど、誰一人之と判定したる者はなし。学問起り、宗教整へ今又科学の発展するに到るも、今尚之が確定を見ざる所以は、如何に死生の計り難きかは測するに難からざるなり。
余は死生を論ずるに非ず、死生を極むるにあらず、死生を恐れざる信念を確立するにあり。杉本中佐は一に殉行二に殉行と云へり。日本人に生れ日本人として死ぬ、此の死生観は一に之の殉行につきると云ふも、決して過誤なきを得べき事云ふ迄もなし。
人間生れしより墓穴に入る迄の生涯たる、宇宙の広大無辺に比すれば、正に朝方の露にも似たり。思ひを当処に致せば、実に人間の一生たる微々たるものなり。然も其の生死すら克服し難く苦しむとすれば、実に人間たる哀れなるものと云ふべし。
総て物には使命あり。太陽には太陽たる使命、月には月の使命、日本人には日本人の使命あり。此の使命を完全に果し得たる者を、余は死生を克服し之を脱し得たるものと云ふなり。然し使命には数ありて、太陽の如く万物総て其の恩恵を被り一杯に其のたのしみを同じくし、人類否万物総て仰ぎまつれる使命もあり、又野に咲く花の如く誰にも知られざる使命もあり。
人類も同じく、巨大をのみ誇りて徒に私慾を満たさむとする米英の如き、しかし之は使命には或は遠し。
四月
国境北とは云ふも南なり寒しと云ふも暖かなり
四月と云ふも北の朝鮮は其の名に恥ぢずふるなり白雪
ふる雪も郷里のぼたんと異りて横にふるなり針の如くに
思出の生れ変りの大河内期待に副はむその真心に
しら雪も溶けなき内に四月とは北の守りの苦労しのばる
しらゆきの未だに溶けぬ白雪を眺めてしのぶ郷里の立山
うけつぎし若き血潮の先輩のあだにはすまじ其の功績を
八紘の理想を継ぎしますらをの火ぶたを切りし今日の日かな
此の川を越せばなつかし我友の如何に暮すや満洲の国
大空へ雄々しく生きゆく我身なら郷里しのびて何の励まむ
冬去りて春ともなれば白雪も姿ひそめて風暖かなり
面影を朝夕眺めて誓ふ哉家門の誉あだにはすまじ
あか〱と大空染めて暮れにけり入日は沈む淋し満洲
南の北の守りに先輩の若き血潮を受継ぐ我等
四月もなかばとなりて郷里なれば桜も咲くも白雪の花
春と云へ夕日沈みて北鮮の西赤らめば寒き東風
春かすみ何時しか包みて豆満江北鮮南満連れにけり
東風も北鮮なれば漸くに白梅散りて桜ふくらむ
霧晴れてひばりの声やうらゝかに北鮮なれど春を告ぐなり
春雨と云へど淋しや北鮮はつぼみ漸くふくらむさくら
死ね〱と心に誓ひ励めども捨身になれぬ我ぞ淋しき
若芽萌えかげらふ映ず我が聖地飛機の飛び交ふ影もうらゝか
若桜実のある中が花なれば励まむ御楯と散りゆく迄は
みたみ我此の大みいくさに勝ぬかむ誓ひは固し空のますらを
とこしへに静まりまする靖国の神の守らむ日の本の国
ひたすらにみこと畏み励むればみたみわれらの生死はなし
懐しく思ふ故郷も国あれば国を守るが故郷を愛する
春雨や霧の彼方に見えざれど白々映ず豆満江かな
天民のよき日を祝ふ万才の声も轟く北鮮の果
忠孝の香り残さむ若桜歴史に恥ぢぬみたみとなりて
おしばにもこもる妹の誠心をあだにおろかに務めざらめや
死生(二)
我大八洲の使命、即ち八紘一宇。之は人類総ての幸福と平和を希ひし希望にして、正に太陽の使命なり。故に大八洲を以て日の本の国といふも、あながち無意味にあらず。之が達成の日本人の使命の重きこと、実に論を待たざるなり。己が使命を完全に果したる者、完全に死生を脱却せりと云ふは、之が只日本人のみに於て通ずる語なり。即ち我等は死生を克服せむと欲せば、日本人たる使命を全うするにあり。余は之を信じ、之の道に邁進せむと欲するなり。
五月
青草を眺めてしのぶ故郷は春も過ぎさり桜も散るも
ものゝふは死ぬるばかりが誠なれ火にも水にも入らむとぞ思ふ
艱難を越えて初めて光ある身となるなれば当れ困苦に
しぬのみが誠の道のものゝふは常に心に念じ忘るな
五月雨や田植の歌も聴えざる淋し北鮮たゞ泥濘(ぬかるみ)のみ
君の為国の為に捧げなむ我身なりせば捨てゝ甲斐あれ
神風や神の力で栄えゆく八洲の国の幸ぞ深けれ
君の為常に捧げむ我身なれ演習なりとて命惜しまじ
しきしまの日の本の国の光を古ゆ受けて輝く日本刀かな
山々のいつしか青みて春霞禿山いつしか包まれにけり
ふる里や思ひははせる夕焼に恋し父母如何におはすや
ふるにつけ照るにつけてもしのぶかな愛す我子をしのぶ母親
大空をくまなく照す太陽の広きを己が心ともがな
君よりの授り給ふ此の刀日々に拝して心きよめむ
*おほろかに東拝して誓ふかな君の御心安じまつらむ
春雨は淋しきものと云ふけれど空の試練に我はうれし
ますらをの其の名に恥ぢず進みゆく行手は必ず栄ぞあるらむ
定めなきうき世の習ひと云ふものゝ今日の命は明日の露なり
桜井の青葉茂れる昔をしのびてわきくる大和魂
春の雨漸くとぎれて太陽の雲間に出づるも久方なり
禍は後で必ずくやむもの先に心得禁(や)めざらめや
ともすれば自暴自棄に陥るを御国の為と強ひて励ます
草いきれ漸くはげしくかげらふに飛行場は見えざりけり
忘れなき恋しき便り見る毎に故郷をしのびて独りたゝずむ
大空を高行く鳥の翼にも夏の来るがしられけるなり
ふる里のにほひのせたる此の便り思出わきつ幼心の
乱雲のみなぎり浮ぶ大空に今日も練る〱空の御楯と
しきしまの花と散るべきますらをの心にかなふ山桜花
雨ふるに南の方によろこべとあはれ東はしらみけるかな
漸くに緑深まる北鮮に霞知らせり夏の来るや
三千の歴史を保ち勝抜くは我等が責ぞ励まざらめや
六月
国ありて始めて故郷のあるなれば山河愛すは祖国愛なり
しきしまの大和心のものゝふの誠は進め君の御前に
大八洲守りてしがな古ゆ受つぎ来る赤き血潮で
大八洲永久に栄えむ大空の守り固めし彼ぞ幸あれ
大空の尊き柱と日の本の守り固めし霊ぞ幸あれ
若き血を八洲の国の大空に誠捧げむ我等快なり
大君の辺にこそ死なめますらをの清き血潮ぞ八洲守らむ
なくひばりかげらふの方見えざれど草いきれ強し夏の来なむ
大空に一輪散りしますらをの御たまぞ永久に国を守らむ
日の御旗ひらめく所とことはに栄えてしがな日の本の国
すめろぎの神よりうけししきしまの道を守りて栄えむ八洲
君の為御前に死なむますらをの事ある時の大和魂
君の為国の為とて散り行きし大和心の大空の花
大君の命のまゝにひたすらに忠をぞ励む我らますらを
大八洲幾度吹きし嵐にも護り給ひし靖国の神
若き日の希望と夢を胸にひめ伸びつゝ来る我等なる哉
日々を心おきなく過すこそやがての時の基なるべし
元寇の昔よりの神洲は神の守りし御国なるべし
功名にあせるべからず次々に基固めて光あるべし
あせるなと心に誓ひ励めども更に甲斐なき我ぞ淋しき
撃墜の意気は燃ゆれど思ふ様命中(いのちあた)らぬ弾ぞ恨めしき
大空に誠捧げむ此の我等如何に嵐に吹き荒ぶとも
戦陣の力なること内にてぞ努め励みし賜なるぞ
昔ゆ受け継ぎ来る大八洲神の肇ぞ理想守りて
大空の戦なるこそ益荒夫の雄叫び競ふ庭なるべし
国の為巣立つ此の身の嬉しさよかねて散る身の此の身なれば
巣立ちゆく友を見送り祈るかな永久に栄あれその前途
今日も亦空の守りに散りにけり尊き御たま幸ぞ深けれ
幾そ度嵐の吹きし会寧も別れとならば淋しきなり
赤い陽の満洲に沈む北鮮のポプラの影や懐かしきなり
幾度ぞ嵐の吹きし祖国をば守り給ひし靖国の神
七月
君の為固き決意と希望もて練りに来れり心と技を
憧れと希望かなひて今こそぞ乗る隼の爆音快し
君の為死ねと教へて死に征きし血潮受継ぎその後行かむ
花と咲き花と散りゆくしきしまの大和心は時にぞ生ひる
何時の間に夏の来るか知らざれど庭の小川が恋しきなり
眩くまで輝く入道雲の上に飛ぶ我が新鋭の隼かな
戦の火ぶたを切りて早七年遠久に芳らむ其の忠烈
死生をば克服してぞものゝふの道ぞ始めて貫るなり
死を忘れ生を越えてぞ昔ゆ受継ぎ来る武士道ぞ守らむ
散つてこそ大和心と讃れる桜花こそしきしまの道
郷里思ひ親をしのびて祈る哉遠久に安かれ我が大八洲
君の為死ねの教を受継ぎて大和心の花ぞ咲かせむ
たそがれの漸く迫る飛行場翼やすむる隼の群
梅雨なるや心晴れざる此の頃の心のすきぞ危ふかりける
親思ふ心なるこそ君の為やがて死ぬべき時の下心
死するこそ恐れず易く思ふけど君がお役に立たずは死せじ
立ち騒ぐなど波風の静まらぬ同じ人間と生れ来しに
一日毎君がお役に立つべしと鍛へてしがな心と技を
大君の為には何か惜しからむもとより我身ありとは思はじ
*ほと〱と国憶ふ心の国民の力ありてぞ祖国は栄えむ
元寇の再び来るかしきしまの日本心ぞ今ぞ奮はむ
夏来るぺトンの燃ゆる滑走路鍛ふる我等の汗ぞ激しき
しきしまの大和心の雄々しさぞ今ぞ表す時ぞ来れる
君の為捧ぐ此の身をかりそめに傷きあやめし我不忠なり
傷の身をも忘れてひたすらに飛び立つ日をば願ふなりけり
烈々の闘志燃ゆれど傷の身の我身なりせば致し方なし
夏雲の間に〱練る〱今日の日も巣立の近き荒鷲の群
隼の爆音軽々夏雲の中にぞ鍛ふ若鷲の群
君の為赤き血潮をつみ重ね大和島根は永久に栄えむ
戦の庭にたふれしますらをの魂重ねて国は栄えむ
大君の命のまに〱ひたすらに傷とは何かいとはむ
千万の神のもります日の本の柳の枝にも大御代の春
八月
爆音と共に飛び立つ友鷲の育む身にぞ早くなりたし
命のまに北に南によろづ国果の果迄我戦はむ
君の為死する我身の嬉しさよ後に残さむ勲と香を
若き日の夢も総てをひたすらに忘れて励む我身なるはや
今は只大君の為ひたすらに励む我身となりにけるかも
十五夜の輝く上に父母ぞあり心恥なく暮すぞ孝なれ
京城の空にはかなく散りゆくも七度生れて国に報ぜむ
君の為国の為にと一心に励む心ぞますらをの道
君が代はいはほと共にゆるがねば今にくだけむ沖のしら浪
君が為散るべき我身と生れなば拾へる命かひぞありける
忠孝の香り残さむしきしまの大和嶋根の道なればこそ
たらちねの御親の教かしこみて大和島根の子等は育たむ
空ならず心の果の果までも清き心の月ぞ照らむ
西の波北の嵐も心せよ神のもります大和島根ぞ
君の為心と技を練るぞかしあだに疎かに務めざらめや
ひたすらにみことかしこみ如何なるも死ぬも生くるも只君の為
清月に思ひはるかの友の上如何で暮さむ戦の日を
うき事のはかなく淋し浮橋に思ひ渡らすいざよひの月
むら雲の禍まきたける中なりと尚も進まむ我銀翼機
気は張れど病は身に入りて日々の務めの怠らむとす
久方の友のたよりのなつかしく思ひ出す毎涙出づなり
ちはやぶる神のもりますしきしまぞくだけて帰れ沖のしら浪
少しくも心にすきまのあるなればしのび込むなり心の悪魔
曇りなき月を眺めて思ふかな戦ふにはに如何に照さむ
秋晴の空に飛ぶ〱若鷲の今日も練る〱心と技を
忠孝の空にはかなく散りゆくも七度生れて国に報ぜむ
五箇条のみ教守り国威をば輝き渡すすめらつはもの
君の為国のみ為の技なれば己を捨てゝ励まざらめや
隼の其の名をかりて空かくる益荒夫我等戦闘隊
君が代はつきじと思ふ神風のむら雲くまなくはらふ限りは
幼に覚え習ひし歌にしも忠と孝とは萌芽(きざし)にけり
何様のおはしますかは知らざれど御代の栄えを神に祈らむ
九月
親鷲の御教守り兄鷲の後受継ぎて墜さむ敵機
傷の友をたづねて慰めば心淋しく悲しげなりき
死を共に日々の務めに励みてぞ男の道ぞつとまるなり
すめらぎに仕へまつれと我産みて励ます母ぞありがたかりける
澄む空の清きを心の鏡とし曇りなき日を永久に暮さむ
戦は戦場のみかさにあらず総てをあげて勝抜くべし
やがてこそ日々に励むる技なりて敵機墜さむ時ぞ来らむ
やすみしゝ我が大君の大御代は岩とゆるがじ天地と共
をち方にはなれながらも我友の戦ふ姿思ふなりけり
君の為国のみための務めなりあだにおろかに務めざらめや
ゆるがなき国のしるしの富士の峯今も昔も変らざるなり
しきしまの大和心の雄々しさは事ある時にあらはれにけり
しぬのみが誠の道のものゝふは常に心に念じ忘るな
おくれても尚おくれても君達におくれまじきと誓ひけるかな
すべてをば忘れて励むかひなりて今に若木の花ぞ咲くらむ
二つなき命なりせど惜しからじ君に捧げし我身なりせば
暁に大地けり飛ぶ隼の大空守る姿たくまし
大空に雲染む屍と身を捧ぐ誠心夢に忘れざらめや
日々を心おきなく過さむとかひなき我ぞ悲しきなり
むら雲をはらひ大空を安きにおくが我等がせめぞ
入日なす空にとびゆく雁の群秋の来るぞしのばれにける
君が為花と散りにしますらをの屍重ねて国は栄えむ
気長にも魚の影を追ひ廻し土橋の上を行つたり来たり
戦の日を重ねつしきしまの大和島根の基固めむ
あはれなる世のつれなさの間に〱流れゆく彼淋しかるらむ
死ね〱と心に念じ片時も忘れざらめやものゝふなれば
忙しき内にも仕事の総てをばなしとぐ心ぞ慣となるべし
夕焼の空を夕残にくれにけり嗚呼我今日もつとめけるかな
大君の為ひたすらに励みてぞ誠の道ぞつとまりにける
一雨に迫りくるかも冬の風哀れ淋しや秋の風かな
十月
大空の護り固めむ隼と生れ来れり我等が隊ぞ
夜の空に思ひはれなきふる里をしのびうかべて祈るなるかも
過ぎゆきし日を省みつゝ思ふ哉武人の務めに恥ぢざらめや
嗚呼今日も心ともなく過すかな夜空の星に一人悲しむ
青空に今日も練る〱隼の御国の空を守らむものと
共に散り共に咲かむと思ふかな心交せし我友なりせば
撃墜の意気は熾に燃ゆれども淋しき弾痕(あと)ぞ哀れなる
サイパンの岸辺に永久に輝きし大和心ぞあだに匂はじ
岩をも貫き通すますらをぞ如何なる事にひるむべきぞや
細流にもまれて荒き岩石も丸くやさしき石となるなり
夕焼の野辺を歩きて思ふかな幼き時の郷里の友をば
大空に浮世忘れ思をば致して見れば我忘るなり
偶人(でく)の如何なる言も耳かせで正しき道に我は征くなり
防人明日の命も知れなきに今日の務めにはげまざらめや
梅匂ふ社の御前にぬかづきて国安かれと祈りてしがな
総てをば笑の内に事なさば如何なる事ぞ憂ふべきぞや
来る日も過ぎてゆく日もひたすらにたゞ大君の御為にと
死にゆくも生きて尽すも総てゞぞたゞ大君の命のまに〱
征く友の心受継ぎもろ共に靖国神社の花と咲かなむ
七度と誓ひて散りし我友の心ぞ咲かむ靖国の庭
久方の郷里の便りのありがたさ今年も豊年万作なりと
此の浮世生きるたのしみなけれどもたゞ大君の御為にと
我思ひ寄する小波にくらぶればくだけて散れる沖のあら波
秋盛り我世たのしむコスモスの今に散るべき其の身哀れき
砕けても尚くだけてもひたすらに寄する姿ぞ日の本の国
ひたすらに世のうき事も気にとめず正しき道に我は征くなり
行く身こそ送る此の身にくらぶれば天にも昇るその心なり
下水にも映してるなり清い月
寒空に松原過ぎた三日月は静かな波に影うつすなり
七度も八度も生きて大君の御為に死なむ覚悟なり
大君の御為に死なむと思ふ哉男と生れし此の身なりせば
十一月
寒々と飛び行く雁に秋の風スゝキゆるがし哀れなり
総てをばたゞ大君の御為に捧げまつらむ御民なりせば
菊の日の香り豊に出で行きし生還期せざる特攻隊
国思ひ眠れぬ夜半に何時の間にありあけの星輝けり
我命□ひで長し野露かな
見敵の日をば夢みて大空に惜しくも散りし霊今郷里へ
嗚呼今日も無事暮れけりと思へども心空しく淋しきなり
撃墜の意気高らかに出で行けど帰りて淋したまのあとかな
征野にぞ今大陸の日は揚りみたみわれらの業始まれり
今よひ又敵撃滅の意気高く爆音快し隼の群
故郷を遠くはなれてしみ〲と感ぜらるなり御国の恩
南の十字輝く星空に今よひ又飛ぶ索敵行
父は去り母は路頭に迷ふとも君が為には心ゆるがじ
部下は散り隊長空に去り行くも己が責に進むが道ぞ
振さけて若月みれば郷里に我を待つらむ宵思ふかな
ヤシの葉にかゝれる月の影うすく郷里をしのぶやつはものゝ群
みたみわれ尽しまつれと我生みし我たらちねぞ尊とかりけり
やすみしゝ我大君の御稜威ぞヤシの影にもあまねきにけり
生を去り死をば忘れてひたすらに己が責に進まむ我は
幾百年過ぎし今尚くちざりし楠公心ぞ特攻隊
我が戦友も我が隊長も靖国に桜咲く日を我は祈らむ
我が妹も我が父母も此の我を送りし事を喜びくれむ
今日も亦雲染む屍と散りにけり我亦続かむ靖国の庭
我友も大空染めて散りにけり心受継ぎ我友征かむ
花こそは今だ若けれ風に咲き君の御前に散りなむ我は
めぐりくる春のかをりに魁(さきが)けて吾は征きなむ南の空に
死ぬのみが誠の道にあらざるなり己が責を果すぞ道なる
君が代を千代万代と祈るかな十字輝くヤシの葉蔭で
我が君の道ひろまりて南のヤシの木蔭もなびく世もかな
南のヤシの木蔭に身はあれど栄ゆく世をば祈らざらめや
十二月
尊きやすめらみことの御稜威にヤシの木蔭も祝へるかな
皇神のおはしましける大八洲夜明と共に先づ拝むかな
今更に何をか思はむ生れて君に捧げむ此の身なるはや
世の敵を千々に恨めば此の胸も炎と燃えて討たずばあらじ
とつ国の君はうき世に変れども我が日の本の御代は変らじ
ありがたや百(ママ)々に見れ大君のきこしめす程すぐれし国なし
高御座(たかみくら)天つ(あまつ)日嗣(ひつぎ)承け伝ふ尊き道を弘むが責なり
天照るや月日の影に世を祝ふすぐれし国は日の本の国
しきしまの日本心を南のヤシの蔭にも見出しにけり
*天の原よさしまつれる日の御神めぐみ照して国ぞ安かる
かけまくもあやに畏きすめらぎの御民ならずや我は楽しき
千早振る神のみ国と定まれる此の大御国あだに動かじ
南の天つ大空こゝにしも君の稜威の輝きにけり
青海原潮の八百重の此の島につぎて弘めむ此の正道を
み教をたゞひたすらに畏みて我はゆきなむ武士の道
□雲も逆まく風も乗越えて敵必墜の索敵行
千早振神武の昔畏くも治め給ひし大空なるかも
桜咲く春に魁け後したひ我もゆくなり靖国の庭
夕風に心清めて祈る哉永久に安かれしきしまの国
亡き友共に誓ひし靖国に幸多かれと花ぞ咲くらむ
世をあげて戦ひ狂ふ中にしも正義の道ぞ開かれにける
すぎし日の戦ひしのびヤシの木に思ひ致せば星輝けり
千早振る神のまします我国に寇なす敵ぞ砕かざらめや
南の輝く星の下にしも国をかけたる戦烈なり
国の為花と散るこそ楽しけれ男と生れし此の身なりせば
しきしまの富士の高根は裂けるとも岩とゆるがじ我心
決戦の年もくれけり来るべき年こそ敵をくだかざらめや
かゝる間に尊き血潮朱に染め倒れゆく友あるべきものを
すぎし日に大空染めて散りにける友をしのびて我只むせぶ
いざ祖国さらば友等よ国の為我は征くなり南の空に
戦の年も暮れけり遥かなる君を拝して我只むせぶ
昭和二十年 一月
春あけて国安かれと祈る哉ヤシの葉茂き常夏の地で
遅れても尚おくれても君達に遅れざらめと誓ひけるかも
春にあけ先づよむ文のはじめにも我が大八洲神の国なり
密雲にとざす此の地に襲ひくるくだかざらめや小しゃくな敵を
かきくらすあめりか人に天つ日の輝く国の光知らせむ
いやしきの身にしあれども兵士等を慰めまつらむ誠心をもて
来る日も過ぎて行く日もひたすらに大君の為励まむのみ
勝ぬきてえびす国々果迄もうち立てむかな日の御旗を
よもの国挙(こぞ)りて寄する日の本の岩とゆるがじ君の御稜威
国憶ひ友と語るに何時の間にありあけの星輝きにけり
ふる里をしのびながらも大君の御代とこしへと祈りてしがな
我友よいざ我友よ此の我もおくれざらめと誓ひけるかな
春あけて先づ討たむかなえびすらの天も許さじ其の心根を
くだけても尚くだけても寄せ来るくだかざらめやえびす国々
撃墜に涙ながしつもろてあげ万才叫ぶ老農夫あり
一日生きば一日を君の為つくしまつらむものゝふの道
御民われ此の大御戦に生れ来し幸ぞ深けれつとめざらめや
もののふの道しなるれば一念は七代かふともなにたはむべき
あか〱とヤシの葉染めて常夏の陽は沈みけり波のかなたに
過ぎゆきし日々を省み思ふかなしこの御たてと恥ぢざらましや
すめぐにの大空みだすえびすをばまなじりさくまでにらむなるかな
特攻のよろこび行きし我友の勲かをらむ靖国の宮
笑顔をば今生の名残りとレイテの空に散りけむ亡き友恋し
飛行帽の目鏡の影濃き写真見つゝ偲びぬありし大空を
火を吐きつ落ちゆく敵機快しもろて上げつゝ叫ぶなる哉
空襲のなき今よひと歩かむと門出でたるにサイレンの音
レイテイの空に散りけむ亡き戦友の写真取出し見出るかな
時あらば死なむものをと誓ひしが時ぞ来らず哀れ淋しき
待つ母の面影偲び満月に心ひそかに祈りて止まず
幼きの思出しのびつ松原を過ぎて出づればさゞ波の月
戦にあけて暮れゆく常夏の高砂の地に月出づる哉
二月
語らはむ友もいま亡くしレイテイの空に向ひてひとり叫ぶかな
身はたとひ高砂の地にくつるとも七度生れて君に報ぜむ
語り合ふ友のなき身のあはれさに浜辺に立ちて一人吟ぜむ
なつかしの友のゆきしに我ひとり如何で残る友のあるべき
雄々しくも君につかへと育くみし我がたらちねぞ尊とかりける
哀れさに窓辺に立ちて眺むればいづこを指すや流れ行く雲
せめてにも影となりてぞ我君の御心安じまつらむものを
ひたすらに夜にも昼にも大君の御影と共に我離るまじ
矢たけふむものゝふなれど哀れにもなさけ心は変らざりける
しきしまの大和心の一すぢにいかなることをかくだかざるべき
八紘の国しろしめすもとゐより我がしきしまぞ秀れたる国
かゝる世に生れ合せしうれしさに言の葉より先涙あふるゝ
すめらぎのみつるぎまたもあやめけりいかでつぐはむその深罪を
夢にしも忘れざりしを面影に会へで淋しや夢の中かな
天地を開きし神の昔よりをはしましますしきしまの国
さゞ波の浜辺に立ちて祖国思ひ限りなき世と祈りてしがな
亡き友の我を待つらむ及ばずも後に続かむその正道に
敵艦も大和心の若桜咲きて没せむ野望と共
あきずしてしのつく雨にふる里の山田守るらむ母憶ふ哉
蛙なく小山田(をやまだ)恋しふる里の我を待つらむ母憶ふかな
たそがれに蛙なくなりふる里に似たりかよへりなつかしき哉
ありがたき此の大御代に生れ来し我身ぞなぜかいとふべきぞや
たふれても尚たふれてもひたすらに君の御為に進まむとぞ憶ふ
たそがれに灯*まどめり蛙なくふる里恋し小山田の里
国憶ふその真心のひたすらに励みてしがな空の防人
常夏の地なれど淋しひやゝかに雨のふるなり糸の如くに
四方の海皆すめぐにゝ寇(あだ)すともけすぢゆるがじ我が大八洲
いざ征かむ続け友等よ大君のしこの御楯と出で立つ我に
三月
いさぎよく散りけむ空の若桜其の名も香る特攻隊
いで征かば必ず死する命なれど笑ひて征きし懐しの友
涙にて送りし友の笑顔にも別れし声の耳をうつかな
ますらをの命かけてぞ戦へる所相応し緑大空
矢たけふむ大和心の一すぢにヤシの葉かげもなびかざるべき
しだ雨に心ものうくながむればおぼろにかすむやしの葉かな
やがて散る時の名残りにふる里の友に残さむ此の一葉を
さすらひの旅重なりて南のヤシの葉蔭に憩ふ一時
哀れさよ雀巣造らふ白壁の弾丸痕烈し激戦の跡
夕空を紅に染め沈みゆく其の影恋し紅き太陽
夕焼を名残り暮れゆくヤシの木に夕風涼し屏東の空
母思ひ妹をしのびて夕空を眺めば淋しいざよひの月
笑ひ泣き共に学びしなつかしの我友散りしレイテイの空
いざ征かむ友の待つらむ靖国の桜香らむますらをの地へ
いざよひの月半にも満たざるに郷里は白雪未だ消えざるに
若桜咲くを見ずして君の為国の為にと散る若桜
神風の熱田の宮をふと心に寇す米機ぞ如何で許さじ
海山に劣らぬ親の厚恩に報いむ御楯と命さゝげて
夕霧にうすらくれゆく村里の灯にも□べし恋し母親
其の身こそいやしのふちにたゞよへど美し心の光照さむ
いやしきのうかれ女(め)なれど誠心は偲ぶに足れり別れし恋人(とも)を
誠心はうかれ女なれどその昔別れし人に会ふ心ぞする
国の為共に散らむと誓ひし遅れし我ぞ哀れなりける
咲く花も散るを余りてしきしまの大和心に讃へられしぞ
をさなきに習ひおぼえし歌にしも君の為にと芽生えける哉
はかなくも暮れゆくヤシの蔭にして散りにし戦友をしのびてしがな
千早ぶる神のまします八洲国天ぞ許さじ米鬼英鬼を
夕ぐれに去りにし戦友を偲びつゝ沈みゆく太陽(ひ)を見送るかな
昔のふみにいでくる忠臣の後をしたひて散らむとぞ思ふ
いづこにて散るも国憶ふ真心ぞ変りぞなけれ励めつとめに
幼なきも老いしも手に〱武器とりて護らむ神のしきしまの国
四月
嵐吹くやよひの空は見ずとてもせめて残さむ桜(はな)のかをり
国思ふ誠心集ふしきしまぞいかなる仇ぞくだかざるべき
若き血を国に捧げし戦友の後をしたひて我友散らむ
国の為殪(たふ)れし人を偲びても己が務めに励まざるべき
国の為殪れし人の数つみて大和島根の護りゆるがじ
【最後の手紙】
お父上様今愈々お別れの時が来ました。少しなりとお役に立つて死ねる事を豊志は最大の幸福と思ひ喜んで死んで行きます。今お別れの歌が不味いけど出来ましたのでお別れのしるしに残して置きます。
海山に劣らぬ親の厚恩に今ぞ報(こた)へむ国の為散り(お父様)
夢にだに忘れぬ母の涙をばいだきて三途の橋を渡らむ(お母様)
国の為散りにし兄をしのびては頼むぞ後の家のほまれを(登)
共々に手を取りあつて国の為散るべき日をぞ待つぞあの世ぞ(実)
身の栄富の誇りが為ならず祖国ありてぞ身が立つぞかし(寿美子)
何事も心に思ひ悩む時母ぞ憶べし慈しき母を(紀美子)
なつかしきやさしき妹よこの兄の散りにし後は頼むぞ母を(広子)
おやさしき我が祖母様よお先にて三途の河の浅瀬知らせむ(祖母様)
祖母様の常の教の念仏をあの世の旅の杖とし行かむ(小院瀬見祖母様)
幼なきの思出深き爺様のもとで待ちます一足先に(誠一郎様)
たのしみの少なき祖母を念仏で導き給へ才川坊(お寺の奥さん)
叔母様のお体あの世で祈りますいつも病気のそのお体を(京都の叔母さん)
お姉さん富山の駅の思出もあの世の話にとつときます(富山の叔母様)
今に弟の二人共豊志の後に続き共に国の為死んで呉れる事を最大の願として行きます。お母様お体大切に。
豊志二十一才
父上様
しきしまの大和心を一ひらに
こめて散りゆく若桜花
注記一…当時日本には陸、海軍と併立した「空軍」はなく、陸、海軍夫々に「航空隊」があつたのみである。因みに高田豊志命は陸軍航空隊の飛行第二十戦隊の所属であつた。
注記二…楠木正成公湊川殉節の際の、最後の誓ひに由来する(三十四、五十頁参照)。
注記三…百式・世界的にも優秀な双発の高速偵察機。別名新司偵。皇紀二六〇〇年(昭和十五年)採用。九七重・皇紀二五九七年(昭和十二年)採用の重爆撃機(キ―二一型)。七人乗。日本最初の近代的流線型双発機。
注記四…そのいはれはロシア語のウラジ(奪へ)、ヴオストーク(東方)、つまりロシアの東方侵略の拠点であつた。
注記五…「しこ」には「頑強」の意味もあり、一説に「天皇陛下をお守りする強力な楯」ともある。
注記六…古事記に「豊(トヨ)葦(アシ)原(ハラ)之(ノ)千(チ)秋(アキ)長(ナガ)五(イ)百(ホ)秋(アキ)之(ノ)水(ミヅ)穂(ホノ)国(クニ)」、日本書紀に「豊(トヨ)葦(アシ)原(ハラノ)千(チ)五(イ)百(ホ)秋(アキノ)水(ミヅ)穂(ホ)之(ノ)地(クニ)」とある。「葦が豊かに繁り、末永く、瑞穂が豊かに実る美しい国」の意。
注記七…大八島とも。古事記、日本書紀に拠れば大(オホ)倭(ヤマト)豊(トヨ)秋(アキ)津(ヅ)洲(シマ)(本州)、伊(イ)予(ヨノ)二(フタ)名(ナノ)洲(シマ)(四国)、筑紫(ツクシ)(九州)、淡(アハ)路(ジ)、壱(イ)岐(キ)、対(ツ)馬(シマ)、隠(オ)岐(キ)、佐(サ)渡(ド)の総称とする。「八」は日本の聖数であり、多くの島から成る国の意。
注記八…昭和十七年六月七日、我が軍は小なりとは云へ米国の領土のこの島を占領。「鳴神島」と命名。十八年七月二十九日、濃霧を利して撤収。その後米軍は無人とも知らず二週間の艦砲射撃や同士討ちまで演じて八月二十日頃までにこの島を占領した。
注記九…明治三十三年楠公祭の日(五月二十五日)広島県に生る。大正十年陸軍士官学校卒業。昭和十二年日支事変に出征。北支山西省閣山の戦闘に於て、愛用の軍刀を揮つて敵陣に突撃、奮戦中に敵の小銃弾、手榴弾数発を浴び、最後には軍刀を左手に持ち代へ、遥か東方 皇居に正対し、挙手敬礼立つた姿勢のまゝ絶命す。その醇乎烈々たる忠誠心は軍人の亀鑑であり、件(くだん)の軍刀は畏くも天覧に供せられた。遺著に尊皇回天の書と云ふべき『大義』あり、この書は死後刊行され終戦迄に二十九版百三十万部にも達した。
注記十・・・楠木正成公が湊川出陣に際し自らは死を決意し、その直前桜井の地(現大阪府三島郡島本町)に於て幼年の一子正行(まさつら)に「一族勤皇」の庭訓を垂れて、一旦帰郷せしめた。「桜井の訣別」として有名である。落合直文作の唱歌の一節に「青葉茂れる桜井の里のわたりの夕まぐれ」とある。